「沖縄ユーモアソング決定盤」

音楽監督:喜久山節子
歌・三線:喜久山節子、野原廣信、新城慎一、新垣 恵、石川陽子、仲宗根 創、山城 香、堀内加奈子、長嶺ルーシー

「沖縄ユーモアソング決定盤」
くすっと笑える、ユニークな沖縄民謡を収録しました。


■アルバム内容

「このご時世だからこそ、皆さんに沖縄のおもしろい歌を届けて、元気になってもらいたいという気持ちで録音しました」──喜久山節子

沖縄民謡には、多岐に亘る歌があります。教訓歌、わらべ歌、踊り歌など様々です。
その中で、戦後、その時々の世相を背景に、沖縄の人々に愛され、民謡というよりは流行歌としてラジオから流れ、また民謡酒場でも長く愛され来た歌が、本CDに収録された「ユーモアソング」とも呼ぶべき、ユニークな沖縄民謡です。

「あーあ 男の人は脇骨がひとつ足りない」と歌われる「ソーキ骨不足」とは、女性にだらしない人に対して沖縄では、「ソーキ骨不足」と言って揶揄します。男というものは、火傷をして初めて分別を得る生き物だ、ソーキ骨=脇骨がひとつ足りない生き物だ、ということを、コーラスパートで女性陣が皮肉を込めて歌い上げます。その明るい曲調と歌詞には、思わずニャッとしてしまいます。
また、ククラキ節では、「好きな彼氏のためには、何から何まで捧げます。嫌いな男との付き合いは、取るだけ取ってバイバイさ」と歌われています。沖縄方言のククラキ=胸やけ、の言葉を織り込み、ユニークな歌詞に仕上げています。

今回のアルバムに収録された23曲は、いずれも、ちょっとクセがある、ユニークな人物を描写したり、またその時々の世相が背景になっています。それらがユーモラスに活写された歌詞には、思わず笑みが漏れると共に、沖縄ならではの生活や風習がそこから見えて来ます。

人生、いつも真ん中を歩けるとは限らない。時には、道を逸れてもいいじゃないか、のんびり行こうよと、という大らかさを感じる歌の数々。そして、それこそが沖縄ならではの「ユーモアソング」なのです。

なお本作は、プロデューサーである野原廣信の、「最近ではあまり歌われなくなった、昔のおもしろい歌を掘り起こしたい。戦後の苦しい時代、沖縄の素晴らしい唄者たちがおもしろい歌を作り、その歌が、人々に笑顔を与えました。それらの歌は、きっと現代にも通じる筈です」との思いからスタートしました。

CD1には、ボーナストラックとして、アメリカのオハイオ沖縄友の会メンバーの作詞による「コロナ節」を収録しました。
また、CD2の「ソーシャルディスタンス小唄」は、この時節ならではのユニークな歌といえます。


■収録曲

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CD 1

① 祖慶漢那(仲宗根 創)
知名定男の歌唱でも知られるこの曲は、2人の商人が、それぞれ自分の販売している商品を自慢し合っています。なお最後の8番の歌詞は、登川誠仁の創作です。
② 恐るさ物や見い欲さ物(石川陽子)
酒を飲み、月給袋は空っぽに。妻にはどう言い訳をしようか?照屋林助が作詞、作曲の作品。
③ オーライ節(長嶺ルーシー&新城慎一)
1958年発表の作品。現在の国道58号線、かっての1号線が出来た時代と、その当時の世相が反映された歌です。
④ チョンチョンキジムナー(堀内加奈子&新垣 恵)
キジムナーとは、沖縄各地に広く存在する妖怪です。この曲では、キジムナーの事を、おもしろ可笑しく描写しています。
⑤ なんちち節 新城慎一
「なんちち」とは、お焦げのこと。結婚したくて、ウズウズしている男性を歌い込んだ歌詞がおもしろい曲です。
⑥ ハイカラ娘(新垣 恵&仲宗根 創)
1975年の作品。お転婆で、ハイカラ好きの一人娘の様を歌い込んでいます。
⑦ ダイサナジャー(新城慎一&堀内加奈子)
「ダイサナジャー」とは、ダレたヨレヨレの褌をしている人のこと。ダイサナジャーが、海岸にクジラの糞を探しに行きます。ダイサナジャーを巡る物語。
⑧ かてーむん(仲宗根 創)
「かてーむん」とは、「こまったもの、やっかいなもの」という意味で使います。「お金持ちの方々は、鉄筋コンクリートで家を建てます。貧乏な我々は、借金コンクリートで家を作ります」と歌われています。
⑨ ちり捨て節(新城慎一&山城 香)
ゴミとして捨てる前に、使えるか否かをもう1度判断しましょう。だが我が妻は、ここらで要らなくなった「私」を捨てようとする。ちょっと待ってくれ!
⑩ 国頭大福(野原廣信、仲宗根 創、喜久山節子、野原理恵)
1967年のヒット曲。「大福」とは金持ちのこと。金が全てだった「国頭大福」の人生や如何に?
⑪ 新シミドゥスルヌガ(喜久山節子&石川陽子)
「シミドゥスルヌガ」とは、ある種あきらめの表現で、「もういいよ、なんとかなるよ」という意味で使われます。人生失敗することもあるさ、シミルスルヌガ、と様々な物語を描写しながら歌われます。

ボーナストラック

⑫ コロナ節(仲宗根 創)
新型コロナウイルス感染症の広がりが止まらない中、「みんなで心を合わせて乗り越えていこう」と、アメリカのオハイオ沖縄友の会メンバーらが、沖縄民謡「デンサー節」のメロディーに乗せて歌ったのが、この曲です。感染防止や、助け合いの大切さを歌い込んでいます。この仲宗根 創のヴァージョンで、初CD化されました。

CD 2

① 酒小飲み飲み(喜久山節子&山城 香)
人生深く考え、悩んでも先には行けない。今宵は、美味しいお酒を飲みましょう。くよくよするなよ、と歌われています。
② ソーキ骨不足(新城慎一&仲宗根 創)
歌のコーラスでは、「あーあ 男の人は肋骨ひとつ足りない」と、女性コーラス隊が歌います。
③ ソーシャルディスタンス小唄(堀内加奈子)
ソーシャルディスタンスの大切さを歌い込んでいます。初レコーディング曲。
④ 居しどぅかかゆる(喜久山節子&石川陽子)
「居しどぅかかゆる」とは、一番近い人、隣の人こそ頼りだよ、ということ。人生いろいろあっても、最後は居しどぅかかゆるだよ、と歌われています。
⑤ ヒンスー尾類小(仲宗根 創)
娼婦と客との関係を、ユーモラスに、そして愛情をこめて歌っています。
⑥ 与那国ぬ猫小(長嶺ルーシー)
与那国民謡の代表曲の一つ。与那国に赴任した役人と、現地妻たちの振る舞いを皮肉っています。
⑦ 良い事や無えんがや(新垣 恵)
人生の夢を描けども、現実は理想とは乖離している。あーあ 良いことは無いのかな!と、しみじみと歌います。
⑧ ラッパ節(仲宗根 創&山城 香)
明治〜大正時代の演歌師、添田唖蝉坊の曲が、沖縄では、こんな歌に!
⑨ 用事小(長嶺ルーシー)
「用事小」とは、「小さい用事」のこと。いつも小さい用事を言い訳にする、男性に対する当てつけを歌っています。
⑩ ククラキ節(山城 香)
嫌いな男からは、絞れるだけ、絞ってやろう、という歌詞が最後に歌われます。
⑪ 夕車(石川陽子&堀内加奈子)
「夕車」とは、夜勤のタクシーのこと。酔客を乗せた、夕車の運転手や、如何に?
⑫ 仲直り三良小(米嶋紗奈(三良小)、大城黎旺(主)、花木愛(アンマ)
3人によって演じられる、喜歌劇。「お父さんとお母さんが大喧嘩して めちゃくちゃなっています」と三良小。さて、事の顛末や如何に?9分を超える熱演をお聴きください。なお、この曲の指導は、赤嶺秀子。


主要レコーディングメンバー・プロフィール

喜久山節子(きくやま・せつこ)

恩納村(おんなそん)出身。父が村芝居の地謡を務めており、幼少から歌三線を子守歌に育つ。那覇の割烹で働いていた19歳の頃、大城志津子の琉球民謡研究所に入門。大城が経営する民謡クラブ「ハンタ原(ばる)」に30年以上勤め、師の右腕として活躍する傍ら、妹弟子の指導にもあたってきた。現在は自身の研究所で後進を育成。現在、島唄心酔会会長。

野原廣信(のはら・ひろのぶ)

1950年、南風原町生まれ。28歳から城間德太郎(のちの人間国宝)に師事し、琉球古典音楽を学ぶ。1999年沖縄タイムス芸術選賞グランプリ、2010年沖縄タイムス芸術選賞奨励賞ほか、伝統芸能選考会などで受賞歴多数。野村流古典音楽保存会伝承者、沖縄県指定無形文化財。2016年、『琉球古典音楽決定盤〜命ど宝どう〜』をリリース。

新城慎一(しんじょう・しんいち)

粟国島(あぐにじま)出身。就職のため那覇に移り住んだのち、20歳から大城志津子に師事して本格的に歌三線を学ぶ。現在は琉球民謡協会師範として自身の教室を持ち、後進の指導にあたっている。

仲宗根 創(なかそね・はじめ)

1988年那覇市生まれ、沖縄市育ち。3歳頃から祖父の影響で民謡を歌い始め、12歳のとき照屋林賢(てるやりんけん)プロデュースで初アルバム『アッチャメー小(ぐわ)』をリリース。2003年より登川誠仁に師事。現在はソロライブや後進の育成に加え、民謡ユニット「チャンプ流ぅ芸能団」や別名義「R∞2(ルーツ)」でも活動中。

堀内加奈子(ほりうち・かなこ)

北海道江差生まれ、函館育ち。東京で働く中で沖縄民謡に出合い、その魅力に惹かれて沖縄に移住。2000年より大城美佐子に師事。国内外で積極的にライブを行っており、沖縄民謡+クラブ音楽ユニット「CHURASHIMA NAVIGATOR」にも参加。2020年秋に函館に拠点を移し、北の大地から沖縄の魅力を発信している。

新垣 恵(あらかき・めぐみ)

豊見城市(とみぐすく)出身。県外生活や中国留学をきっかけに沖縄の文化的独自性を強く感じ、三線を始める。沖縄県立芸術大学および大学院で琉球古典音楽を学び、沖縄タイムス芸術選賞琉球古典音楽部門の三線・太鼓・胡弓でグランプリを獲得。「女性地謡の会しほら」の一員としても活動している。

山城 香(やましろ・かおり)

大阪府大正区生まれ、沖縄育ち。2006年から港川繁と喜久山節子に師事し、民謡クラブのステージ等で研鑽を積む。2011年に琉球民謡協会主催の民謡コンクールで最高賞を受賞し、2015年に同協会で教師免許を取得。

石川陽子(いしかわ・ようこ)

沖縄生まれ。小学校4年生から大阪で過ごし、祖母の経営する沖縄料理店で民謡や三線に親しむ。23歳で沖縄民謡を本格的に学ぶため帰沖し、大城志津子に師事。2018年に初アルバム『三味(しゃみ)の喜び』をリリース。現在は県内外でライブを行うほか、民謡の指導者としても活動中。

長嶺ルーシー(ながみね・るーしー)

ペルー出身の沖縄系移民三世。5歳頃から祖母の三線に乗せて民謡を歌うようになり、10歳からは自分でも三線を手に歌い始める。1993年、全日本カラオケ審査協会の大会にペルー代表として出場し優勝。翌年に来沖して本格的に歌三線を学ぶ。大城志津子の愛弟子であり、喜久山節子の指導も受けている。