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RES-240 ¥2,400(本体価格)+税 2014年1月22日発売 POS 4525506001970

ジュリエット・グレコ 「ジャック・ブレルを歌う」
Juliette Gréco "Gréco Chante Brel"

今回のレコーディングは、今でもあなた(ブレル)を愛していると告白する時間でした。
……ル・モンド誌掲載インタビューより


サン=ジェルマン=デ=プレのミューズが放つ、渾身の作品!!
日本盤のみメロディ・ガルドーとのデュエットによる「パリの橋の下」を収録!


アルバム・曲解説、歌詞対訳付き
(なお、制作者の意向に付き、オリジナルフランス語歌詞は入っておりません。) 
日本盤のみボーナストラック1曲収録

*ジュリエット・グレコについて*
 1927年南仏ラングドック地方モンペリエ生まれ。父親は家を出てしまい、母親と姉の3人で暮らす。第二次世界大戦中に母親がレジスタンス運動に参加したため、親子3人はゲシュタポに捕らえられ、収容所に送られる。グレコは歳が若いということで1人だけ釈放されるが、母と姉は1945年まで帰って来なかった。グレコは釈放後、15歳で無一物のままでパリの町に放り出される。
 戦後、サン・ジェルマン・デ・プレ界隈で花開いたジャズと実存主義のムーブメントの中、サルトルやボリス・ヴィアンと交流を持つ。1944年から演劇の勉強を始めており、1945年、コメディー・フランセーズで初舞台を踏む。1949年には写真雑誌「ライフ」がグレコの写真を4ページに渡って掲載。そしてこの年マイルス・デイヴィスとの恋に落ちる。1950年本格的に歌手としてデビュー。サルトル、ボーヴォワール、カミュなどパリの知識人が皆聴きに来る。1951年、初録音。3ヶ月のブラジル公演を行い、1953年から1958年は女優として「悲しみよこんにちは」「陽はまた昇る」などに出演。1959年セルジュ・ゲンズブールから曲を贈られ、歌に戻る。(1963年には名曲「ラ・ジャヴァネーズ」をゲンズブールがグレコの為に書く)。1961年11月初来日。三島由紀夫夫妻など多くの著名人が駆けつける。
 1966年、ブレルはステージから引退した。その後、彼のピアニストだったジェラール・ジュアネストがグレコのピアニストとなり、1988年には2人は結婚する。その後数多くのアルバムをリリースし、1989年には9回目の来日公演を行う。1991年、1994年パリ・オランピア公演、1998年には15回目の来日公演。2002年ベルリンのフィルハーモニーとのコンサート、2004年10月の来日公演では同年2月のオランピア公演を再現。以降も現在に至るまで来日公演、アルバムリリースを続けており、名実共に現役最高峰の女性シャンソン・シンガーである。
 2014年5月、87歳のグレコはオランピア劇場で連続2日の公演を行う。

*グレコとジャック・ブレルについて*
 1954年パリの映画館ゴーモン・パラスで、無名の駆け出しの歌手であったブレルは、映画の幕間に余興歌手として出演していました。誰もブレルの歌を聞いていない中、唯一グレコはその歌に大変感動します。エディット・ピアフ、そしてグレコを見いだしたプロデューサーであるジャック・カネッティもその場に同席していました。そこでブレルが歌った「OK悪魔」をグレコが気に入り、歌う事となります。そこから1978年にブレルが息を引き取るまで続く2人の深交がスタートします。
 ブレルは1950年~1960年代のシャンソン界に於いて、押しも押されもせぬ大歌手になりますが、グレコには多くの歌を書き続けます。ブレルが肺がんを発病後、1977年にリリースされた遺作となったアルバム『偉大なる魂の復活(原題:遙かなるマルケサス諸島)』のリハーサルをグレコの自宅で行うなど、2人の親密な間柄は長きに渡り続きました。

*本作について*
 本作はブレルの35周忌に当たる2013年にパリで録音されました。
「今こそブレルに、あなたを愛していたことを告げる時だと思った」(10/28付けル・モンド)とのコメントにある様に、まさに満を持して制作された渾身の1枚であり、全曲ブレルの作品で構成されたアルバムは本作が初めてとなります。
 録音はオーケストラとグレコの歌を同時に録音する、一発録りで行われました。それが今作の大変エモーショナルな歌唱に繋がりました。グレコと夫のジュアネストは収録曲の読み直しを行い、今作での新たなる歌唱表現を見いだしたのです。
 尚、収録曲の編曲・オーケストレーションはブリュノ・フォンテーヌが担当しており、グレコとジュアネストは「フランソワ・ローベール(ブレル作品のオーケストラ・アレンジを手がけました)の真の継承者」と称賛しています。
「花の種を蒔いたのはブレルである。花に涙を注ぐだけでは足りない。花が咲き続けるように助けてやらねばならない」(グレコ回想録より)。
 1978年のブレルの死後も、グレコは夫のジュアネストのピアノ伴奏でブレルの作品を歌い続けて来ました。それはまさにブレルの墓に対して花を手向け続ける事であり、そして本作はまさにその集大成と言える作品です。


■収録曲 (カッコ内の年度は作品発表の時期です)

1. Ces gens-là あの人たち(1965)
長男、次男、父親、母親、老いた祖母から成るブルジョワ家庭を風刺的に描いています。
2. Les Vieux 老夫婦(1964)
この曲の歌詞にある様に、老いることに対する恐れがブレル作品の根底には見受けられます。
3. Amsterdam アムステルダム(1964)
アムステルダムでの船乗りたちの事が歌い込まれています。
4. Je Suis Un Soir d’été 夏の夜(1968)
ブレル自身、自分が書いたシャンソンの中でもこの曲は特に美しい曲だと考えていました。
5. Bruxelles ブリュッセル(1962)
ブリュッセルがサイレント映画や市電でにぎわっていた時代を舞台にしています。
6. Ne Me Quitte Pas 行かないで(1959)
ブレルの作品の中でも、最も世界的ヒットとなったシャンソンです。エディット・ピアフもこの曲にコメントを寄せています。
7. Le Prochain Amour その次の恋(1961)
ブレルの恋愛観を伝える1曲です。
8. J’Arrive 孤独への道(1968)
誰も抗うことの出来ない、死を前にしての不安と混乱した思いが歌われています。この曲をステージで歌い始めたのはグレコです。
9. J’Aimais 夢多き頃(1964)
ブレルの記憶にあるフランドル地方の風景と思われる描写が印象的です。
10. Le Tango Funèbre 葬送のタンゴ(1964)
自分の死後、残された人たちの振る舞いはすでに見当が付いている、と歌い込まれています。
11. Fils 子供はみんな(1967)
「カエサル(シーザー)の子も、無名者の子も、全ての子供はきみの子供と同じなんだ」と歌い込まれています。
12. La Chanson Des Vieux Amants 懐かしき恋人たちの歌(1967)
二十年来の恋人たちの様々な心の機微を歌い込んでいます。
 
日本盤のみのボーナストラック
13. Sous les ponts de Paris パリの橋の下
ジュリエット・グレコとメロディ・ガルドーのデュエット。1915年に発表されたシャンソンの名曲です。パリの橋の下に集う、さまざま な人に対する温かいまなざしを印象的に歌い込んでいます。



   
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