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RES-228 ¥2,476(本体価格)+税 2013年6月26日(水)発売 POS:4525506001857

ジル・エグロ「エディット」“EDITH” Jil Aigrot

アカデミー賞受賞作品『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』でピアフの歌声を担当した
ジル・エグロ渾身のピアフ・カヴァー・アルバム!
エディット・ピアフ50年忌。永遠の歌姫に捧げる最高のカヴァーアルバム!
ピアフ本人の肉声による挨拶から始まる、79分を越える感動の作品です。


歌詞・対訳・解説付き 日本盤のみ60ページブックレット付き!

■ジル・エグロ バイオグラフィー
 南フランスの町カンヌ出身のジル・エグロは非常に若い頃から声楽を学び始め、フランス歌曲専門の歌い手となったジル・エグロ。形成期にミュージカル・シアターに出演していた頃、彼女はビゼーやオッフェンバックのような作曲家によるオペラ・コミックに特に興味を持つようになりました。しかしコンサート・シンガーとしてのジルの評価がフランス国内で高くなって行ったのは、国内TVの有名なショウへの出演がきっかけでした。その後彼女は(米NBCのTVドラマ『探偵レミントン・スティール』に歌い手役として出演し、ピアース・ブロスナンとも共演しました。
 
 次に彼女を待っていたのは有名なデッラルテ・シエのニース公演での女優/歌手としての役でした。そしてアヴィニョン演劇祭で演じられた“La Rue, Brel est Vivant、Il Habite aux Marquieses”、“Les Enchantées”や“Sur La Butte”といったショウ、そしてジャック・ブレルに特別な敬意を払ってカンヌの町で演じられた作品などに次々と出演しました。2006年、彼女は映画『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』の監督オリヴィエ・ダアンによってエディット・ピアフの歌声を担当する歌手にキャスティングされます。その映画の中で彼女はピアフの作品を歌唱する役どころを任された結果、世界的な評価を受けるに到ります。大ヒットした映画の後も、ピアフのナンバーを中心にしたコンサートを行い、多くの人々を魅了します。そしてピアフ50年忌に当たる今年、新たなショウ「エディット」を携えてワールドツアーを行っています。
 
■本作について
 現在世界的規模で展開されているショー、『EDITH』。ジル・エグロはピアニスト、アコーディオン奏者、パーカッショニスト、ベーシストの4人のミュージシャンを従え、エディット・ピアフのお馴染みの作品を、情感溢れる素晴らしい歌唱で披露しています。
 本アルバムはショーで歌われるナンバーを79分に渡り収録したスタジオ録音盤です。「雀のように」から始まり、「愛の讃歌」「バラ色の人生」まで、ピアフの名曲ばかりが収録されています。
 アルバムには「港町のメドレー」「サーカスに捧げるメドレー」などユニークな構成もあり、最後まで聴く者を惹き付けて止まない、素晴らしい内容に仕上がっています。なお、CD冒頭のコメントはピアフ本人によるものです。
 圧倒的な歌唱力と存在感で歌い上げた名曲の数々。シャンソンアルバムの傑作として、永遠に色褪せる事のない作品です。


■収録曲(全26トラック・収録時間79分06秒)

1.BONSOIR(エディット・ピアフからのメッセージ)
ピアフ本人の肉声から始まります。“こんばんは。よろしかったら、みなさんに友人たちに話すようにお話しさせていただきます”とのMCからCDが始まります。
2. COMME UN MOINEAU(雀のように)
1927年に書かれた作品です。“一銭もなく、たびたび置き去りにされた私は雀のように、口を開けていた”と歌い込まれています。
.3 LA JAVA DE CEZIGUE(あいつのジャヴァ)
ジャヴァ=アコーディオン弾きの男を歌い込んでいます。CDもボーカルとアコーディオンの伴奏のみで録音されています。
4. L' ACCORDEONISTE(アコーディオン弾き)
1940年代に録音され、85万枚という大ヒットを記録した名曲です。この曲もアコーディオン弾きに捧げられた曲です。
5. LA GOUALANTE DU PAUVRE JEAN(かわいそうなジャン)
イヴ・モンタンの歌唱でも大ヒットした名曲です。“愛がなければつまらない奴なのよ”と歌い込まれています
6. ELLE FREQUENTAIT LA RUE PIGALLE(ピギャール通いの女)
1939年作の曲です。パリのピギャール通りで働いていた娼婦と男の出会いが歌い込まれています。
7. ENTRE SAINT-OUEN ET CLIGNANCOURT(サン=トゥアンとクリニャンクールの間)
サン=トゥアンからクリニャンクールの界隈での心に残る風景と、心に去来する思いを歌い込んでいます。
8. JE M'EN FOUS PAS MAL(私は気にしない)
“人生にはいろいろなことが起こるけど私は気にしない”と歌い込まれています。
9. PARIS(古き日のパリ)
パリの素晴らしさを歌い込んでいます。モンパルナス、カルティエ・ラタンなど地名も出て来ます。

10. MEDLEY《PORTS》;

 A L'ENSEIGNE DE LA FILLE SANS COEUR ~ C'EST A HAMBOURG ~ ESCALE
 (港町のメドレー;情なし娘の店に~ハンブルグで~寄港地)

(1)“情なし娘の店”と看板を出した酒場でのドラマが歌い込まれています。(2)さまざまな国の水夫たちを相手にする娼婦の事を歌い込んでいます。(3)寄港地の酒場での事が歌い込まれています。
11. C'EST UN GARS(ひとりの若者)
シャルル・アズナヴール作詞の印象的な曲です。ひとりの若者が女性に投げ掛けた言葉から物語は始まります。
12. T'ES BEAU TU SAIS(あなたはきれいね、分かってるでしょ…)
ジョルジュ・ムスタキの作曲です。とても繊細でロマンティックな歌詞が印象的です。
13. MEDLEY《AMOUR》;
 C'EST LUI QU'MON COEUR A CHOISI ~ C'EST POUR ÇA ~ JE N'EN CONNAIS PAS LA FIN ~
 JE M' SOUVIENS D'UNE CHANSON ~ UN REFRAIN COURAIT DANS LA RUE
 (愛のメドレー;我が心の彼~そのおかげで~終わりは知らない~私はあの歌を思い出す~
  街に歌が流れていた)
(1)心から愛した男性に捧げられた曲です。(2)“アコーディオンの調べが聞こえる、人々の心の悲しみはもう聞こえない”と歌い込まれています。(3)心の中に生きている、ひとつの歌がテーマになっています。(4)心に残る思い出の曲について歌っています。(5)ピアフ作詞の曲です。印象的なメロディーが心に響きます。
14. ENFIN L'PRINTEMPS(とうとう春が)
“冬は一目散に逃げ出す、とうとう春が……”と歌い込まれています。
15. MEDLEY《CIRQUE》;
 ON CHERCHE UN AUGUSTE ~ BRAVO POUR LE CLOWN ~ BOULEVARD DU CRIME ~
 LA FÊTE CŒTINUE ~ LES FLONS FLONS DU BAL
 (サーカスに捧げるメドレー;道化師募集中~道化師万才~犯罪大通り~祭りは続く~
  ざわめくダンスパーティー)
(1)道化師募集中の掲示板から物語が始まります。(2)1953年録音のドラマティックなシャンソンです。(3)“犯罪大通りはパントマイムを観ようという、人々でごった返している”と歌い込まれています。(4)祭りの喧騒と、それに対比する日常の風景が歌い込まれています。(5)ダンスパーティーの喧騒とそれに対比する心情が歌い込まれています。
16. MON MANÈGE À MOI(私の回転木馬)
心のときめきを歌い込んでいます。1958年ピアフがオランピア劇場で歌いました。
17. LA FOULE(群衆)
ペルー生まれのこの曲をピアフが気に入り、フランス語の歌詞をつけて歌いました。
18. PADAM...PADAM(パダム…パダム…)
1951年に録音され、大ヒットしたシャンソンの名曲です。
19. JEZEBEL(ジェザベル)
この曲では自分の人生をムチャクチャにした人に対して、激しい感情をぶつけています。
20. L'HOMME À LA MOTO(オートバイの男)
アメリカで作られたこの曲にフランス語の歌詞が付けられ、1956年ピアフがオランピア劇場で歌いました。
21. MON LÉGIONNAIRE(私の兵隊さん)
1936年の作品です。去っていった外人部隊の兵士の事を歌い込んでいます。
22. HYMNE À L' AMOUR(愛の讃歌)
エディット・ピアフ作詞の大ヒット曲。恋人マルセル・セルダンに捧げた名曲です。
23. MON DIEU(私の神様)
1960年の作品。祈りにも似た歌詞が印象的です。
24. NON, JE NE REGRETTE RIEN(水に流して)
1960年に録音された名曲です。オランピア劇場での名唱が語り草になっています。
25. MILORD(ミロール)
ジョルジュ・ムスタキ作詞の1958年作の名曲です。
26. LA VIE EN ROSE(バラ色の人生)
エディット・ピアフ作詞の世界的に大ヒットしたシャンソンです。1946年10月にピアフが録音しました。


※この収録曲に関するコメントは大野修平氏の本CD付属のブックレットを一部参考にさせて頂きました。





■映画『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』出演によせて——ジル・エグロ本人による回想

 映画『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』のお仕事を戴けたのは本当にラッキー以外の何ものでもありませんでした。それは2005年2月のことでした。ファンの方からコンサートでエディット・ピアフの歌を唄ってほしいという要望があったので準備をしている最中のことでした。そこで私はピアフの生涯についてもっと勉強してみようと思っていたのです。
 
 ある日薬屋を探していた私は、大きな書店のあるモールに行き当たりました。そこには「今夜8時から『わが友、エディット・ピアフ』の著者ジヌー・リシェ来店」と書かれていました。私は何としてでもこの人に会わなければならないと思いました。そうして彼女に出会うことが出来たのです。
 
 ジヌーは腰掛けて自分の本にサインをしていました。私は本を買ってサインをしてもらおうと決めました。なぜなら彼女はエディットの秘書をやっていた人だったからです。私の番が回って来たときに、私は「愛の讃歌」をテーマにしたコンサートを開こうとしている事を彼女に告げました。彼女はエディットの歌の好きなフレーズを一節歌ってくれと言いました。歌い終わるとジヌーは、「あなたはエディットに似た空気を持っているわ」と言ってくれました。これ以上に私を勇気づけてくれる言葉はありませんでした。
 
 それから間もなくしてジヌーからコンタクトがあり、ピアフの生涯をもとにした新作映画のオーディションに興味はないかと言われました。彼女はまた、いろんな歌手のオーディションをしたが、まだピアフのイメージに合う歌手が見付かってないとも言いました。
 
 私は2005年11月11日に脚本家で監督でもあるオリヴィエ・ダアンのオーディションを受けました。終わったあと、彼はすぐに連絡すると言いましたが、どのぐらいの「すぐ」なのか私には分かりませんでした。すると2時間後に電話があり、唄ってくれと言われ、その1週間後には私はピアフの歌声役としてキャスティングされました。こうして私は直ちに『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』という素晴らしい映画でのお仕事を始めさせて戴く事になったのです。作品の中で素晴らしい演技力を発揮している女優のマリオン・コティヤールと出会って一緒にお仕事をすることに、私は大変感激をしました。
 
 こうして信じられないような旅が始まりました。私はパリに住んでいる訳ではありません。映画にキャスティングされるなどという事は考えてもいませんでした。ただ言えることは、信念と運と書店への道が私をここに導いてくれたおかげで、今の私は更に世界への旅へと歩み始めているのだということです。何という信じ難い冒険の旅なのでしょう。
 
——ジル

   
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